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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1307号 判決 1968年7月17日

控訴人 小島ハナ

右訴訟代理人弁護士 布井要太郎

被控訴人 株式会社日証

右代表者代表取締役 高室直夫

右訴訟代理人弁護士 川見公直

同 浜田行正

同 古川彦二

主文

原判決を左のとおり変更する。

被控訴人の控訴人に対する大阪法務局所属公証人野田実治作成更第四〇、一五〇号公正証書に基く強制執行を許さない。

被控訴人の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、被控訴人より控訴人に対する債務名義として控訴人主張の公正証書があり、右公正証書が林学を控訴人の代理人として作成されその内容は、旭電設株式会社が被控訴人に対し二〇〇万円の債務のあることを認め、その弁済期を昭和四〇年四月三日、利息を年一割五分、遅延損害金を日歩八銭とし、控訴人は被控訴人に対し右訴外会社の債務を保証する旨及び控訴人は直ちに強制執行を受けることを認諾した旨の記載となっていることは当事者間に争いがない。

二、控訴人は右のような保証契約をしたことはないし、右公正証書の作成を林学なるものに委任したこともないと主張するのでこの点について検討する。

≪証拠省略≫を綜合すると次の事実を認めることができる。

(一)  有限会社昭電社(代表者片岡公、以下昭電社と略称)は照明器具等の販売を業とする会社であり、旭電設株式会社は片岡が控訴人から一〇〇万円の出資を得て設立した照明器具販売に附帯する工事の請負を業とする会社で、その代表者は名目上控訴人となっていたが実際は片岡の専権によって運営されていた。

(二)  昭電社は昭和三六年八月頃から資金繰りの必要がある都度、被控訴会社に手形割引を依頼していたが、当時被控訴会社では営業部内を十数部に細分し各部の独立採算制をとって業績向上を計っており、昭電社は専らその第五営業部(担当者飯田誉夫)の得意先として取引していた。

(三)  ところで、被控訴会社の手形割引業務は次のような手続きで運営されていた。まず営業部窓口が割引依頼人の割引申込みを受け、当該手形上債務者(殊に約束手形の場合は振出人)の信用を調査し、担当重役が割引率を決定して最終決裁をするが、そのさい、手形上の債務者が例えば証券取引所一、二部上場会社である等信用ある会社である場合は「可」または「懸念なし」の決裁により割引依頼人だけに当該手形の最終裏書と同人振出の額面同額の単名手形(保証手形)、同人の債務承諾書、公正証書作成のための白紙委任状、印鑑証明書の提出を求めるだけであるが、もし当該手形の手形上の債務者が右以外の信用不十分の場合は調査の結果により「ヨホ」(要保証)または「懸念あり」等の決裁に従って前記書類のほか当該手形の裏書人(いわゆる中裏書人)や、これが法人であればその代表者個人等の第三者に対しても手形債務につき債務承認または民法上の保証を約する旨の承諾書(予め被控訴会社で用意してある定型的なもの)、公正証書作成用委任状(右同)、印鑑証明書の提出と前記依頼人振出の単名手形の裏書を要求する。もっとも、右中裏書人や第三者に対しては被控訴会社自ら直接これらの書類を要求するわけではなく、割引依頼人を介してその提出を求める。そして、将来当該割引手形が決済された時には前記書類受領のさい予め発行していた預り証と引換えに右書類一切を返還し、もし返還要求のない時は六ヶ月経過後用済みとして廃棄することになっており、げんに右預り証にはその旨注意書きしている。なお、以上のような第三者保証は割引依頼毎にその要否を決し、その都度これを徴するのを原則としていた。

(四)  昭電社の経理担当員村岡茂は昭和三九年一二月二日頃被控訴会社第五営業部の飯田誉夫に対し、額面三五万円、振出人高野建築株式会社、受取人兼第一裏書人旭電設株式会社、第二裏書人昭電社、支払期日昭和四〇年三月一五日なる約束手形一通(第一の手形)の割引を依頼し、従前どおりの手続きを経てその割引を得たが、この場合は被控訴会社側では振出人高野建築の信用度に照らし、中裏書人たる旭電設株式会社とその代表者控訴人個人の保証を要求し、よって昭電社の村岡は控訴人個人に対し所定の保証債務承諾書と公正証書作成用白紙委任状の署名捺印や印鑑証明書の交付を依頼したところ、控訴人の夫であって控訴人の権限一切を代理する小島輝治は右第一の手形内容やこれを保証する趣旨を了解の上これに応じ、ここに被控訴会社は村岡を介して控訴人の第一の手形に関する保証とその公正証書作成委任を受けた。

(五)  ところが、その頃次のような事件が発生した。すなわち、昭和三九年一二月初め明治電気通信建設株式会社(本社東京都品川区)なる会社が手形ブローカー膳棚弘太郎らの甘言に乗って同社振出の約束手形一七通(額面合計三千万円)を詐取されたところ、その後どのような経路を経て入手したかは明らかでないが、昭電社の村岡が同年同月二五日右詐取手形の一通である額面二〇〇万円支払期日昭和四〇年四月一日の手形を入手し、その受取人兼第一裏書人欄に旭電設株式会社、第二裏書人欄に昭電社と記載の上(第二の手形)その割引による換金を意図し、この手形に限り殊更被控訴会社第五営業部を避け、友人の紹介で第八営業部の田中小次郎に割引申込みをした。右事情を知らない田中は所定の手続きと決裁を経てこれを割引いたが、この場合は調査の結果振出人明治電気通信建設株式会社の信用に照らし、(被控訴会社はかねてより同社と直接の取引もしていた)、割引「可」(疑念なし)の決裁により特に前記第一の手形の場合のような第三者の保証を要求することなく、割引率も右第一の手形の時より低率扱いにした。(なお、昭電社はその後は再び第五営業部と取引きしている。)

(六)  しかるに、翌四〇年三月になり右第二の手形が詐取手形であることが新聞報道等で明らかとなり、被控訴会社はその善後策として第一の手形割引のさい徴し所管課において未だ保存中の前記旭電設株式会社と控訴人個人の保証関係書類を勝手に流用し、恰かも右両名が第二の手形上の債務を承認し、民法上の保証をし、且つ公正証書作成を林学なる者に委任したかのように記入した上、昭和四〇年三月二五日控訴人主張の本件公正証書を作成した。しかし、被控訴会社では一旦第三者の保証不要と決した手形割引について事後になってこのような流用をしたことはなかった。

以上の事実を認めることができる。

右事実関係によれば控訴人個人としては被控訴会社に対し第一の手形につき民法上の保証をし、その旨公正証書を作成することを委任したことは認められるけれども、第二の手形については何ら右のような保証及び委任をしたことはなく、本件公正証書は被控訴会社が控訴人不知の間に勝手に第一の手形の関係書類を流用して作成したもので控訴人個人との関係では無効のものといわねばならない。もっとも、前掲証拠によれば控訴人は第一の手形を保証するさい何ら被保証債務の明記されていない公正証書作成用委任状に記名捺印し、また前掲承諾書の文中には不動文字で「手形債務の現在及び将来の総べてにつき旭電設株式会社と連帯して支払の責に任ずる」旨の記載があるけれども、そのように他人の将来の手形債務につき保証をする者にとってはその被保証債務額や被保証人(手形上の債務者)が何人であるかは重大事に属し、その都度これを諒承しておく必要がある。さればこそ前記のように被控訴会社においても、金融の都度その割引又は差入手形の信用を調査して、かかる保証の要否を決定し、保証を必要とする場合には更めてそのための書類を徴するを常とし、同一依頼者の既存の書類を流用し保証人不知の間に多額の他人の手形債務に保証するような結果にならぬよう、予め保証を立ててでもその金融を受けるか否かの裁量をする機会を金融依頼者に与えているのであって、前記承諾書の文言はこれあるが故に一旦保証を必要としないと決して融資した本件第二の手形のような債務にまで無制限に支払の責任(保証)を負わしめる趣旨ではないと解するのが相当であり、控訴人の前記白紙委任は控訴人が被控訴会社を信頼して第一の手形保証に関するものとして交付したものにほかならないし、承認書の前記文言も本件のような流用を認める趣旨とは到底解し難いからいずれも前記判断を左右しない。また以上の認定事実並びに判断に反する原審証人田中小次郎、同飯田誉夫の各証言は冒頭掲記の各証拠に照らし措信しない。

三、そうすると、本件公正証書による強制執行の排除を求める控訴人の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被控訴人の前記承諾書に基く保証債務の履行を求める反訴請求は理由がないからこれを棄却するのが正当で(なお、被控訴人は本件反訴を「予備的」反訴として請求しているけれども、その反訴請求原因に照らすと本件公正証書の無効を前提とする単純反訴と解することができる。ただ右無効を主張する限りにおいて本訴に対する答弁と異なる主張をしているだけである。)、一部これと異る趣旨に出た原判決は変更を免れず、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 石井末一 判事 竹内貞次 畑郁夫)

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